底が抜けている
私は女性が首相になったらいいだろうなと思っていたが、それが高市早苗とは露ほども思わなかった。
もうこわいんですけどー!
どうすんのこれー!
宗教の力が弱まったらネトウヨの力が台頭してきた。ネトウヨみたいな人ばかりが国の重要なポジションに就いて、子供に戦闘機操縦させるみたいなことになってる。
言ったもん勝ちで言い逃げ、見苦しい行動、品のない言動、無責任、なすりつけ、そういうのは社会的な立場のある人はコソコソやるものじゃなかったの。抜けてしまっている。底が抜けてしまっている!
これもしや全部SNSが悪いのではないか?すべて禁止したほうがいいのではないか?正直、国民として恥ずかしいんですけど!
少し前、親に「これから戦争が起きたら国はもっと貧しくなるし、たくさんの人が死ぬだろうから、私が面倒を見られるとは限らない」という話をしていて、自分の言葉があまりにリアルで怖かった。「たくさんの人」に自分も入っているよ。親は入らないでほしい。
排外主義に思うこと
最近だんだんと「そんなこと言うなら書きたいんだが」という気持ちになってきて書くんですけど、外国人より男性にいなくなってもらったほうが日本は平和になるのではないでしょうか?
「犯罪白書」(令和6年版)によると、傷害・暴行で逮捕される人数は男性が女性の約7~10倍ですって。性犯罪をするのも圧倒的に男性が多いですし、子供の写真をコソコソ撮って共有しているのも(そのために塾講師や幼稚園教諭にまでなるのも)男性ですし、ぶつかりおじさんも男性ですし、雨の日に傘を横に持ってぶんぶん振りながら歩くのも男性ですし、「幸せそうだから」とか「好みだったから」とかいう理由で女性を殺すのも男性ですし、合格点数に足りないのに医学部に入学できる男性が減ればそのぶん正しく学力の足りた女性が勉強をできるわけだし、変に群れて強くなったような気分になってるやつもいなくなるし、汚い老人のくせいに自分はまだ若い女に好かれると信じてしつこくして嫌がられて逆ギレするヤツもいなくなるし。男性がいなくなればいいんじゃないかな。こっちの常識が通じないのも男性ばっかりだし。そんなことを思いました。
これを言う政治家はいないだろうな。いたらヒーローになるかな。男性に叩き殺されるかな。なんで同じことを外国人にしていいと思ってるんだろう。
私は正直本当に男性にいなくなってほしいと思いながら生きてるけど、そうなれば本当にいいかもわからないし、それを口に出すようなことは頭がおかしいことだからしないです。でもいなくなってほしいよ、男性。参政党が言い出さないかな。そしたらちょっとありがたいかも(笑)。
双眼鏡禁止
赤堀雅秋がWEBのインタビューで「双眼鏡禁止」と言ったことが燃えている。
自身が演出する舞台作品について、アイドルグループ(SUPER EIGHT)に所属している丸山氏が主演といううえで、丸山氏も参加したインタビューでそう言って、記事になり、楽しみ方は自由だろ(ごもっとも)となり、最終的に説明文的なもの(謝罪はあまりしてないので説明文だと思う。解説文?)を出した。
私がこのことを知ったのは、「オレンジ色の服もやめて」と丸山氏が言ったらしい、とSNSで見たからだった。てっきり参政党のことかと思い、「いくらなんでも支持する政党で客を選ぶのは間違っているだろう」「そういう内容の作品なのか?」と調べたら全然違った。丸山氏のメンバーカラーがオレンジだった。
双眼鏡禁止、私も赤堀氏の発言には反感を覚えるが、たしかに目立つんだよね、前方であからさまにみんなと違う方向を双眼鏡で見てる人。それは人気ものが出演する公演あるある。上演中に飴の袋の音が響きまくるのは明治座あるある。2時間以上の公演になると(お尻や腰が痛くて)もぞもぞする人が出てくるのはシアタートラムほかあるある。カーテンコールのタイミングで帰る人が多いのは彩の国あるある。
ミュージカル『レ・ミゼラブル』
少し前のことになるが、ミュージカル『レ・ミゼラブル』を観た。私は帝国劇場でやるタイプの大型ミュージカルをあまり好まないのだが、『レ・ミゼラブル』は別物……なんて言うわけもなく、最初から観に行く気がない。今回はハプニングのようなもので観られた。
とはいえ『レ・ミゼラブル』のお話も楽曲もとても好きだ。楽曲に関しては、尋常じゃないくらい聴いている。その中でも特に好きなのが、エポニーヌの楽曲。
エポニーヌは、お金のためなら平気で人をだませるような親を持つ子で、幼馴染のマリウスに恋をしているのだが、そのマリウスは、かつてエポニーヌの親がお金のために引き取り、ひどい扱いをし、エポニーヌもいじわるをしたコゼットに恋をしている。マリウスはエポニーヌの気持ちに気付かない。
私はそのエポニーヌが、これから命がけで戦うマリウスに託されたラブレターをコゼットに届けた(父親に託した)帰り道で歌う「On My Own」がとても好き(ちなみにそのあとの「Little Fall of Rain」もとても好き)。「On My Own」は、自分を見てくれないマリウスへの想いを歌ったもので、わたしが観た歌唱や歌番組、CDでも、悲劇感たっぷりに歌われてきた。だけど今年久しぶりに観た『レ・ミゼラブル』で、屋比久知奈さんが演じるエポニーヌは、「ちぇ、なんだよ」みたいな感じでこの曲を歌い始めた。そして歌っているうちにどんどん悲しくなっていった。わかる、エポニーヌの悲しみがとてもよく伝わる。わたしの中で完璧な答えが出た気がした。
コゼットへのラブレターなんて託されて、エポニーヌが不憫すぎる。でもエポニーヌだって別に律儀に渡さなくてもいいのだ。子供の頃の彼女ならそうするんじゃないかな。そのくらい意地も悪く感じも悪い子だったから。だけど思いのほかいいヤツに育った。親は当時よりさらにがめつくなっているので(時代のせいなので責められないところもある)、マリウスの影響だろう。そういうエポニーヌが、「On My Own」を最初から激しい悲しみに暮れて歌うのがどうも飲みこめなかったのだ(私が別の演技を知らなかっただけかもしれないけど)。
この一曲ですごくいい気分になって劇場を後にした。
マッサージでもいくか~
ひとつ前の日記で書いた若者は声が大きいので、日々ちょっとしたストレスがあり、そのせいで日常的に心が下を向いている。たぶん気も短い。
子供の頃から機嫌を表に出すことも許されなかった。だから扉をバーンと閉めるようなこともしたことがないし、乱暴な口調もジョークじゃないとやらない。マナーとして、自分の感情を露呈するということをしない(気付かずやってるかもしれないけど)から、人に「怒っててもわからない」と言われる。でも発散できないから心の中でしつこいのよ。じめじめしてやだね~。
いやなものとどのくらい付き合わないといけないのかなー。わたしは付き合わなくていいと思ってるんだけど、結局は付き合わないわけにはいかない。でも合わないのに付き合ってもなにもうまれないし、なんか病気になりそうじゃんー。
ネガティブをベースにしたコミュニケーション
職場に、人をくさすことをコミュニケーションにする若者がいる。
自分より若い人には、仕事に加え生活全般にまで口出ししているので、世話焼きとも言えるのだが、言い方が「ちょっとあんた!なんでこうなのよ!こうしなさいよ!」みたいなノリできつい。年上である私に対しても、日々のファッションや出張帰りのお土産など、頼んでもないのにチェックしまくって、頼んでもないのに評価をくだす。けなされたくもないが、ほめられたくもない。その人がいるからブランドものの服は着て出社したくないとすら思ってしまう。仕事で慣れない作業などをしているところに通りかかった時は、「がんばってるね」とのたまった。一回り以上年上の人にそんなこと言う??先日大声で映画の話をしていたので聞こえていたのだが、とある映画を「おもしろい」と紹介しつつ、「あの映画よりおもしろい」とわざわざ他作品をくさしていた。その一言でうんざりしてしまうのよ。
自分の服をどう思うか聞かれ褒めると、「これ◎万円」と値段で返される。知らんがな。旅行に行くことなどを話すと、なにをするかより「どのホテルに泊まるのか」を聞かれる。そんなこと聞く人、この人しかいないんですよ。あと、ファッションはまだしも食べ物のお店のことを「それはもう古い」とか言うので、心の中で「おいしければなんでもいいのだが」と思ってしまう。
上の人と話していたら「でもあの年齢で自分で仕事を取ってくるし、仕事先の人に声もかけられるし、すごいんだよね」と評価されていた。そういうことなのかなあ。個人的には、ギラギラしたやつらがつるんで自分たちの中で仕事回してるだけじゃないのか、と思うが。でもそういう意見を聞くと、私が神経質なのかもしれないなと思ったりする。でもいやなんだよ~、聞こえてくるだけでも。
思えばずっとSMAPが苦手だったのもネガティブをベースにしたコミュニケーションを笑いに結び付けていたからだった(だから嵐は好きだった)。だけどSMAPはしっかりと大衆に受け入れられていた。あのときの孤独。苦手だな~と思っても、やめてくれというものでもない。